姉を唐揚げ棒にして食った日[少年の部ログ5]

2019年01月14日(月)

2019-01-14 23:25
最後の戦いが始まる[編]
ローテ外からこんにちは小原です

長い眠りから次々と軽音部員が目醒めつつある新春の今日この頃でありますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。私は一介の爆心地、病原として天文部諸兄に多大なる、いや只ならぬ愛を振りまくことができた故を誠に光栄に(申し訳なく)思っております。

病の方もなかなかに屈強で夢現ではありますが、幻聴と呼ばれるものを体験しました。色々言い回りましたが、自分の声や布団の擦れる音がエコーの音量が上がって行くような感じで聞こえるのです。最後はさながら発狂ですよ。あれはまさに恐怖と呼ぶに相応しいものでした。この現象をfever believer feedback と名付けようと思います。ごめんなさい


私の今年の目標は「器」です。そのために「自嘲を自重」です。私ともなると新年のたびに目標を掲げなければ、人間としての外形を維持できないというなんとも情けない目標です。そして、然るべき時に嘲る。なにぶんベーシストですから。

一方でクラスのとある女子は「新年の目標は必要ない。目標とはその時々であるべきものだから」と英語でのたまい、それを考えると彼女は偉大で私の器などしれたものだと思わされます。


偉人は自嘲の様さへ美しい

それはどうやらレアリティに起因するようです。どうやらつながってきたようですね。彼女の自嘲を見てみたいものです。何はともあれ精進します

 

さて暦の上では成人の日ということで、今年二十を迎えた雛鳥たちがファミチキや唐揚げ棒になるために出荷されるという成人式がありましたね。そんなめでたい日なので私は1日に2本も唐揚げ棒を購入する始末です。

電車に乗っていて総武線常連の狂人さんに出会っても、今日ばかりは我が身の安全確保よりも若人たちのハレノヒを邪魔しないかどうか心配してしまうのです。年下なりにも真心をもって見守っているのですが、その後成人たちの振る舞いを見て自分自身苛ついているところ、その真心も傲慢であったかのように思えてきます。

うちの姉も20歳になりまして、朝振袖を着ておりました。少ししかめ面をして餅を食べる私には目もくれず、意気揚々としておりました。私としては姉の晴れ姿など見たくはなかったのです。どこが僕のいないところで済ませて欲しかったのですが。

姉不幸な弟君でありますが、バンドマンたるもの流れがあれば逆らいたいものなのです。それは時の流れとて同じこと。あえて屈服し風情を楽しむ同胞もいますが、私はそれでも抗いたいのです。
それはひとえに、同じ子供として小原家を生き抜いてきた1番の理解者が憎き「大人」になってしまったという時間の残酷さに耐えられないという、ただそれだけの話です。そしてここからの3年は今までの17年よりも果てしなく長い。理不尽とは時のため使うべき言葉なのかもしれません。

長々としんみりした雰囲気ですが、最近は塾に通い詰めで人と話す機会も少なく、1日7,000語のノルマなど果たせている気がしません。こうして我が心に浮き沈みするものを、文字に起こすと自然に楽な気持ちになれます。

それではさようなら

 

ハヌマーン「Fever Believer Feedback」

https://m.youtube.com/watch?v=ULmw3v2T4j0